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ダイアベティスは糖尿病の呼称として適当か?

[2023.09.25]

2023年9月22日、日本糖尿病学会と日本糖尿病協会は合同で会見を行い、糖尿病の新しい呼称として、「ダイアベティス」を提案すると発表しました。この件については、以前糖尿病の病名変更について、コラムを書きましたので、よろしければご覧ください。コラム:糖尿病の病名変更へ 

コラムでも以前書いたように、わたしは差別的な印象のある糖尿病の病名を見直すことには賛成です。では、ダイアベティスは新しい呼称として適切でしょうか。

ダイアベティスは英語のdiabetesに相当する単語をカタカナにしたものです。diabetesの言葉の歴史や意味について、まずご説明します。

糖尿病と思われる病態を初めて記録したのは、紀元1世紀に現在のトルコ領の医師であったアルテウスとされております。
彼は多尿、多飲、やせ、そして死亡するケースを記録し、「この病気になると、とめどもなく放尿し、尿は小川のように流れ続け、肉も骨も尿に溶けてしまう奇病である。」と記し、これをdiabetesと呼びました(アルテウスはギリシャ語圏のひとだったので、最初はギリシャ語でした)。Diabetesのdiaは英語の前置詞throughの意味に近く「・・・を通り過ぎる」という意味、-betesはgoとかpassとかの意味で「行ってしまう」という意味、つまりDiabetesは「水が」「体を」通り過ぎて行ってしまう、という意味になります。サイフォンの原理と同じ意味と考えれます。

サイフォンの原理:Wikipediaから引用

現在、糖尿病の英語表記はDiabetes mellitusであり、mellitusは甘いという意味で、尿という意を含んでいませんが、甘い尿が出るという意味だと思われます。

日本でも、古来から漢方用語として消渇(しょうかつ)ということばがあります。これは、2世紀に中国の行政長官だった張仲景が著したとされる傷寒雑病論(金匱要略)に記載があります。

「 男子の消渇、小便反って多く、飲むこと一斗を以って小便も一斗なるは、腎気丸これを主(つかさど)る」

腎気丸とは八味地黄丸のことであり、主として高齢者の下半身の筋力低下や前立腺肥大にたいして用いられる漢方薬です。当時はインスリンもなかったので、漢方薬を処方していたと思われ、現在では口渇・多飲・多尿の症状にたいして八味地黄丸だけで対応することはありません。

いずれにしても、日本の「消渇」は、西欧のdiabetesと基本的には同じ病態を表現した言葉であったと考えられ、医学的には口渇・多飲・多尿の症状を伴う高血糖状態に相当します。現在では、2型糖尿病で、高血糖が続き高血糖高浸透圧症候群を発症した場合、これまで糖尿病の既往がない方が自己免疫や免疫チェックポイント阻害薬により1型糖尿病を発症した場合に起こりうる状態です。かなりの高血糖状態、少なくともHbA1c 10%以上がある程度の期間続く必要があり、これは全糖尿病人口のおそらく数%以下に起こる状況であります。現在、糖尿病が問題なのは、HbA1c 7-10%程度で無症状であっても、網膜症や腎症、神経障害などの合併症がサイレントに進行する病態ですので、Diabetesや消渇が糖尿病の全体を表す言葉なのかは疑問があります。

ダイアベティスを糖尿病の呼称の第一候補に、という学会・協会合同の会見でありましたが、このカタカナことばは日本語の語感になじみにくいです。英語の病名をカタカナにして、そのまま呼称として使いましょうと提案するのは他になにも候補がない場合の最終手段であり、まずは日本語病名を考えるべきです。江戸時代の蘭学者や、明治時代以降、漢字を使ってオランダ語やドイツ語の医学用語を日本語に翻訳してきた伝統から考えますと、特に一般の方が使う呼称については、読んで、発音して病態がある程度想起できるものが望まれると思います。

糖尿病の新規病名として、わたしの対案は、「高血糖症」です。高血糖は高血圧と同様になじみがある言葉で、現在の糖尿病人口の大部分がHbA1c 7-10%で無症状であることを考えますと、現在の糖尿病を包括的に表す言葉として適当だと考えます。

 

 

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