GIPとグルカゴン
膵臓の内分泌細胞であるランゲルハンス島にはα細胞とβ細胞があり、それぞれ、グルカゴンとインスリンを分泌しています。グルカゴンは血糖値を上昇させ、インスリンは血糖値を低下させる、その綱引きのバランスの結果血糖値が決まると教科書には書かれております。ところが、グルカゴンについてはこれまであまりスポットが当たってきませんでした。そもそもグルカゴンの測定系がかなり不正確で、使い物にならなかったこと、グルカゴンに介入する薬がなかったからというのが理由ですが、2010年代になって、DPP4阻害薬やGLP-1受容体作動薬といった、グルカゴンを抑制して血糖値を低下させる強力な薬剤が登場したこと、また、群馬大学の北村先生らのグループにより、グルカゴンの正確な測定系(サンドイッチエライザ法といいます)が実用化され、我々も使えるようになったことから、グルカゴンの研究が本格化し、グルカゴンルネッサンスと呼ばれております。
グルカゴンの作用は、これまで、インスリンと逆の反応をすると考えられていて、食後についてはインスリンが分泌されるため、グルカゴンは逆に抑制されると考えられてきました。これはブドウ糖ジュースを飲んだ時にはたしかに、食後グルカゴンは抑制されるのですが、3大栄養素を含んだ食事負荷試験をすると、食後に血中のグルカゴンが上昇することが、新しいサンドイッチエライザの系ではあきらかになっております。グルカゴンは、アミノ酸や脂肪の代謝にかかわっており、アミノ酸を代謝して尿素を合成し無毒化したり、脂肪を代謝してケトン体を合成する作用にかかわっているので、たんぱく質や脂肪を含む食事負荷試験では、インスリンだけでなくグルカゴンも上昇するという機序のようです。
2014年に登場したSGLT2阻害薬はインスリンの分泌を低下させ、グルカゴン分泌を上げるので、体脂肪を代謝してケトン体産生にシフトします。したがって、インスリンの過度な減量や、糖質の極度な制限などを行っていると、正常血糖ケトアシドーシスを起こしやすくなります。DPP4阻害薬は、生理的範囲でGIPやGLP-1を上昇させ、これが血糖依存性のインスリン分泌を上げると考えられております。GLP-1製剤は多く開発され、食欲抑制作用や体重減少作用も有することから、広く糖尿病治療に用いられるようになりました。しかし、一方でGIPは、生体では脂肪蓄積に働くといわれており、DPP4阻害薬単独では体重が減らない原因の一つでは、と考えられてきました。
GIPを刺激すると体重が増加するとされてきたこと、そして、GIPはグルカゴン分泌を上げて血糖値を上昇させるため、GIPを刺激するのは糖尿病患者にとってマイナスではないかと考えられていたのです。
今回チルゼパチド(商品名マンジャロ®)というGLP-1作用もGIP作用も有するdual agonistが国内で承認されました。GLP-1製剤のなかでこれまで最強の効果がある、セマグルチドを上回る血糖低下、体重減少効果を出してきたということで、ここにきてGIPの糖尿病に対する作用に再び注目が集まっております。GIPを強力に刺激すると食欲が抑制されるという説や、実はGLP-1にも強力に効いているので、体重減少効果が勝るという説などがあります。今後の展開に注目しています。
GIPとGLP-1の作用について