科学的根拠に基づいた医療とは
EBMという言葉をご存じでしょうか。Evidenced based medicine, 日本語では、科学的根拠に基づいた医療ということになります。私が医者になった2000年ごろから、EBMということばがしきりに言われるようになりました。その後、例えば心筋梗塞後の不整脈を抑える薬が、逆に別な不整脈を誘発して死亡率が増えてしまったというショッキングなスタディや、アメリカのスタディですがあまりにも厳格な血糖コントロールを行った結果、逆に死亡率が増えてしまったという結果もあり、エビデンスを確立することの重要性が広まりました。糖尿病の薬もSGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬が、心血管イベントを減らす可能性が示され、SGLT2阻害薬は、心不全や腎不全の予後を改善させる可能性も示され、これらの薬を処方する医師が増えてきました。
しかしながら、最近の日本の医療においては、エビデンスということばが行き過ぎている気がしております。
まず、これらほとんどのエビデンスは欧米発です。残念ながら、今の日本には大規模な臨床試験を行う学問的、経済的な基盤がありません。欧米のエビデンスの特徴は、日本人と比較して、かなり肥満傾向にある2型糖尿病患者が中心であること、また、平均年齢が63歳程度の試験が多く、75歳以上の後期高齢者は含んでいないことが多いことも注意が必要です。
例を挙げて説明しましょう。80歳女性、心筋梗塞の既往があり、糖尿病も併存しています。ジャディアンス(SGLT2阻害薬の一種)25mgが処方されていました。今回肺炎と心不全を起こして入院となりました。酸素が必要で、経口摂取量も少ないです。こういう患者さんに対してジャディアンスは不適当です。経口摂取が入院前もおそらく多くはなかったことを考えると、毎日300kcalのカロリーロスを起こす薬は危険です。脱水症も併発しており、薬を頑張って飲まれていたために、ジャディアンスにて脱水傾向となった可能性があります。
ではどのような患者さんに良い薬なのかというと、「75歳以下で、なおかつ肥満傾向の2型糖尿病患者さん」ということになります。欧米のようにBMI 32の人は少ないですが、25以上であれば日本人は肥満として使ってよいでしょう。私は23以上ならSGLT2阻害薬を考慮しており、22以下の方は使わないようにしております。この薬の作用機序をかんがえれば、カロリー摂取オーバー傾向になって、肥満で困っている患者さんに使う薬だからです。
エビデンスとはあくまでも、特定の患者集団に対するエビデンスです。目の前の患者さんに、そのエビデンスが合うのか考えるのが我々医者の仕事なのです。