なぜ私たちは、AIを人だと思ってしまうのか
この数年で、AIは一気に身近な存在になりました。
いまやスマートフォンからAIに問いかけて、会話のようなやり取りができます。
ChatGPTのような対話型AIは、ときに人以上に丁寧で、否定せず、過去のやり取りも踏まえて返してくれます。もちろん画面の向こうに人間がいないことはわかっているのですが、それでも「人なのかもしれない」と感じてしまうことがあります。
なぜそう感じるのでしょうか。
人間とAIの共通性
人間の脳は、無数のニューロンがつながったネットワークです。ニューロンは入力を受け取り、一定の閾値を超えると発火し、次の細胞へ信号を伝えます。単純化すれば、発火するかしないか、0か1かという仕組みです。
AIのニューラルネットワークも、構造としてはよく似ています。ニューロンの代わりに半導体(シリコン)があり、電気信号が通るかどうかで情報を処理します。材料は違いますが、「多数のユニットがつながり、重みづけして信号を渡す」という点では共通しています。
AIはここ10年で急速に進歩しました。もともとは「次の言葉を確率的に予測する」仕組みでした。「私はこれから会社に――」の次に何が来るかを膨大なデータから予測する。それだけでも文章は作れます。しかし、文全体の関連性を同時に計算できるようになり、文脈を俯瞰できるようになったことで、自然な対話が可能になりました。本来は翻訳精度を上げるための技術だったといわれていますが、それが対話に応用されたことで、一気に身近な存在になりました。
その裏側では、相当なエネルギーが使われています。巨大なデータセンターで大量の電力を消費し、一瞬で計算して結果を返しています。
実は人間の脳もかなりのエネルギーを使っています。体重の2%ほどの臓器ですが、全身のエネルギーの約20%を消費します。だからこそ血流が豊富で心臓から直接頸動脈で血液を送り続け、ブドウ糖が絶えず供給されています。情報処理にはエネルギーが必要だという点でも、両者は似ています。
しかし、決定的に違う点があります。
人間の脳は身体と切り離せません。血糖が下がれば集中力は落ちますし、ホルモンが変動すれば気分も変わります。診療をしていても、血糖が高い状態が続くと、あるいは低くなると判断力が鈍っている方をよく見かけます。私たちの思考や判断は、常に身体と結びついているのです。
人間の究極の目標は、生存のための取捨選択と言えるのかもしれません。物理的な生存、経済的な安定、社会的な承認。それらはすべて、生き延びるための戦略です。
一方で、AIには生存欲求がありません。どれほど大量の電力を消費しても、空腹を感じることはありません。コンピューターが停止しても、恐怖を覚えることもありません。AIは意味を計算しますが、意味を生きてはいないのです。
それでも私たちは、そこに「人らしさ」を感じてしまいます。文脈を理解し、共感的な言葉を返してくるとき、私たちの脳はそれを社会的存在として認識します。これは錯覚というより、人間の性質なのだと思います。
AIは人間ではありません。しかし、私たちの思考や感情を映す鏡ではあり、人間にとって有用な存在です。
身体をもつ知性と、身体をもたない知性。その違いを意識しながらAIと付き合っていくことが大切なのではないでしょうか。
